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高知地方裁判所 昭和56年(ヌ)58号 決定 1982年10月28日

主文

高知地方裁判所が昭和五七年九月八日付でなした買受人山岡義亀に対する売却許可決定を取り消す。

理由

一  一件記録によれば、本件売却許可決定に至る経緯及びその後の事情について、次の事実が認められる。

上記債権者の申立に基づき、同債務者所有の別紙物件目録記載の不動産(以下「本件不動産」という。)に対する強制競売開始決定が昭和五六年一一月五日になされた。ところで、本件不動産については、抵当権者を戸波農業協同組合とする昭和五六年六月二〇日受付第三五七九号の抵当権設定登記のほか、権利者を中城知子とする昭和五六年六月二〇日受付第三五八〇号の所有権移転請求権仮登記が経由されていたが、この仮登記は上記抵当権設定登記に劣後しているため、この所有権移転請求権(以下「本件仮登記権利」という。)は本件不動産の売却によって消滅するものと判断され、かかる判断のもとに競売手続が続行された。すなわち、現況調査及び評価が行われ、これに基づいて昭和五七年五月一二日に物件明細書の作成及び最低売却価額の決定(一二一四万五〇〇〇円)がなされた。もとより、本件仮登記権利は「売却により効力を失わないもの」として物件明細書に記載されることはなく、最低売却価額もこれが消滅するとの前提に立って定められたものであった。そして、昭和五七年九月七日に期日入札が実施され、上記山岡義亀が入札価額一四一一万一〇〇〇円により最高価買受申出人となり、翌九月八日同人に対する売却許可決定が言い渡され、同決定は同月一七日をもって確定した。

他方、本件不動産に対しては、戸波農業協同組合が上記抵当権の実行として不動産競売を申し立て、昭和五七年一月一一日に開始決定(昭和五七年(ケ)第三号)がなされていた(他に、昭和五七年(ヌ)第二七号、同第二八号として森澤清一、森本重信をそれぞれ債権者とする各強制競売開始決定がなされていた。)ところ、これについて、昭和五七年九月四日に本件仮登記権利者の中城知子から執行異議の申立があり、同月一〇日、高知地方裁判所は上記抵当権の消滅を理由として不動産競売開始決定を取り消し、同取消決定は同月二一日をもって確定したが、同決定の理由中には、上記中城知子が昭和五七年八月三一日に元利全額を供託したことにより被担保債権が消滅したことが認定されている。

二  そこで、以上に認定した事実を前提として本件売却許可決定の当否について検討する。

本件売却許可は、上記のとおり、本件仮登記権利が売却によって消滅するとの前提のもとになされたものである。

ところで、目的不動産に対する各種の権利が売却によって消滅するか否かは、もとより実体的に定まるものであるけれども、執行裁判所としては、その機能の限界からして、例えば登記簿上の権利については、原則としてその記載に従って消滅するか否かを判断し、競売手続を進めざるを得ないのである。しかしながら、執行裁判所においても、その手続の過程で登記簿の記載と異なる実体上の権利関係が明白となったときには、これに従った処理が要請されるものといわなければならない。

そして、売却によって消滅するか否かの判断の基準時については、民事執行法七四条二項が、売却許可決定に対する執行抗告の理由として、同法七一条各号の事由、とりわけ六号の「最低売却価額若しくは一括売却の決定、物件明細書の作成又はこれらの手続に重大な誤りがあること」の主張を認めており、他方同法一〇条七項は、抗告裁判所の調査の範囲につき、原則として抗告状又は執行抗告の理由書に記載された理由に限定していて、執行抗告は事後審構造となっていることに徴すれば、その基準時を売却許可決定時と解するのが相当である。

以上のような見地から本件不動産に対する権利関係をみるのに、本件売却許可決定がなされたのは昭和五七年九月八日であるところ、本件仮登記権利に優先する上記抵当権は同年八月三一日に消滅していることが明白であるから、結局、本件仮登記権利は売却によって消滅しないものといわなければならない。

かかる法律関係は、本件売却許可決定の前提となった法律関係とは全く異なり、将来、本件仮登記権利が実行されることになれば、買受人山岡義亀の所有権の取得は完全に覆えされ、同人は不測の損害を蒙ることになる。

ところで、当裁判所において、上記抵当権の消滅を明白な事実として考慮しうる状態となったのは、昭和五七年(ケ)第三号事件について、中城知子の申立に基づきなされた不動産競売開始決定の取消決定が確定した昭和五七年九月二一日以後といえるが、この時点においては、本件売却許可決定はすでに確定していたところであった。

そこで、売却許可決定の確定後に、その効力をそのまま認めれば買受人に対し不測の損害を与えかねない事情が判明した場合、執行裁判所としていかなる措置をとりうるのかが問題となるが、この点につき、民事執行法は格別の規定を設けていない。したがって、一般原則に従って売却許可決定が確定した以上、その効力を認めるべきであり、確定後、買受人に不測の損害を与えかねない事情が判明したとしても、この点は、競売手続外における買受人と利害関係人との間の実体的な解決に委ねるをもって足りると解するのが素直であり、ことに競売手続が完結している場合には、かかる考え方によらざるを得ない。しかしながら、本件事案のように、売却許可決定は確定したものの、その後の手続は未了である場合についてまで、上記見解に従うことは、買受人に対する配慮を欠き、かつ将来に紛争の原因を残す措置として不当というほかない。翻って考えるに、およそ競売手続は、その開始から完結まで相当の日数を要し、この間、目的不動産をめぐる権利関係も常に変転する可能性があるから、競売手続においては、一旦確定した決定といえども、その後判明した事情によってこれを取り消す必要のあることがあり、民事執行法五三条は、正にかかる見地から強制競売の手続の取消を定めたのである。もとより、同条は強制競売の手続全体の取消を規定したものではあるけれども、その趣旨は十分に考慮されなければならない。

以上の諸点を勘案すれば、結局のところ、本件事案のように、売却許可決定の確定後に、その効力をそのまま認めれば買受人に不測の不利益を与えかねない事情が判明した場合には、その確定後の手続が未了である限り、執行裁判所としては、民事執行法五三条を準用して、職権により売却許可決定を取り消しうるものと解するのが相当である。

三  よって、職権により、買受人山岡義亀に対する本件売却許可決定を取り消すこととし、主文のとおり決定する。

(裁判官 坂井満)

<以下省略>

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